もうすぐ肌断食3年経過男の、肌断食への「想い」

肌断食への想い

 

 

 

 

 

※この記事の内容は、全ての人に必ず効果が保証できるわけではありません。個人差や体に合わない場合も当然あります。一概に判断せず、あくまでも参考程度に取り入れて実践していただければと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「化粧品、正しく使えば何も怖いものではありませんよ。」

そう言われることもあると思います。

確かにそうだとも思います。

 

でも、判断能力が無くなっている状態のまま、化粧品に疑いもなく自分がキレイになれるのを信じて使い続けた結果、泣き寝入りするしかできない状態に陥ってしまった人がこの日本にどれだけいるのでしょうか。

 

肌ダメージの蓄積度合いは人によっては天地の差なので、この心の痛みは共感してもらえないことも多く、誰にも相談できない人も多いと思います。

体の悩みって人に相談しづらいですよね。

特に「弱さ」「暗い話題」「悩み」に対して厳しい日本人の表面的な性質もありますし。

マウント取り合いの競争社会ですから、簡単には悩みを打ち明ける相手が得られない人が多いですよね。

 

過去の自分もモロにそういう体育会系タイプの人間でした。

楽しているやつが許せないとか、弱音を吐くのはダサいとか、、

でもそういう時期もあったからこそ、今はどちらの気持ちも理解できると思ってます。

 

深刻に悩んでいる人にとっては、

「あまり悩まないほうが良い」とか「気にしすぎ」とか「周りは気にしてない」とか、そういう言葉さえも大きな心の傷になりますよね。

かといってそういう言葉を良かれと思って言ってくれる人にも罪はないし、こんな小さいことでウジウジ悩んでいる自分が本当に情けなくなってきたり、、

 

そして、どんどん心の奥に暗い感情を閉じ込めて蓋をして、見ないふりして毎日を偽りの笑顔で過ごす。

私自身はそんな毎日が辛くて辛くて仕方なかったです。

 

化粧品企業を責めても自分の肌がキレイに治るわけでもないし、他人の言葉にも悪意がないことがほとんどなので責められないですよね。

利益追求型の社会の仕組みの闇だとも思っています。

 

でも、肌断食の理念に出会って実際にやってみようと決意してからは、辛いこともあるけど以前のようなゴールの見えないような真っ暗な道のりとは全く違う気がしてます。

「人間の体本来に備わっている自然治癒力を蘇らせる」

薬や外的処置では治せない部分が、自分の弱さや見たくない部分を認めて向き合うことで初めて、体の内側から改善していくんですよね。

 

「肌が弱い自分なんてダサい、うざい、ムカつく、消えたい」

私自身もそんなふうに自分の体を責めて痛めつけるような考え方とずっと闘ってきました。

 

でも、これまでの自分のスキンケアの仕方や、生活習慣を遡って見直してみたら、すごく自分自身をないがしろに扱っていたことに気が付きました。

今でも余裕が無いと見失ってばかりですが。。

 

だから引きこもって自分に向き合っていた時期、そんな今までの自分の行動に耐えてくれた体に対して「ありがとう」と「ごめんね」の感情が自分の内側から湧きました。

 

それからは、自分の肌をほんとうの意味で癒せるのは、薬でも外的治療でもなく自分自身の行動の見直しでしかないと思ったんです。

 

だから肌断食によって自分の肌の本質が暴かれ、表面に一気に出てきて酷く荒れることになるのも覚悟していました。

でも、その状態も紛れもない自分の本質なんです。

今まではそれを「化粧品」によって見えないように蓋をしていただけだったんです。

 

さっきは気付かないのが当たり前とも書きましたが、本当は「化粧品自体が自分を傷つけている」ということは自分自身が一番心の底ではわかっていたのかもしれません。

ずっとモヤモヤが心にありました。

 

でも、「最低限の清潔感」がなきゃ日常生活や人間関係はとてもじゃないけどやってられないから、そのモヤモヤを見て見ぬ振り気付かぬふりで化粧品依存に身を任せていたんです。

しかし、我慢や無理はいつか爆発します。

自分の体の悲鳴を無視した分、あとで絶対にツケを払うことになりますし、強制的に向き合わざるを得ない状況に陥ります。

 

過去の私の記事では、「すべての責任は自分自身の行動にある」と書きました。

でもこれは「自分一人の責任だけとも言い切れない」と今は思うんです。

化粧品企業の利権や社会の仕組みとか、資本主義の闇や間違った風潮とか、色々な原因が複雑に関係して生まれた闇だと思います。

 

だからこそその闇に今私とあなたが気がつけたのなら、これからの生き方を少しずつ「自分を癒やす」「自分を大事にする」という思考に変えていけたら良いのではないかと私は思ってます。

 

そうすることで、「消費者の弱みにつけこんで利益を生む仕組み」が少しずつ淘汰されていき、「自分も他人も本当の意味で大事にし、互いに尊重し合える社会」を創っていけると思います。

 

少数派ではあっても、互いを尊重し合った上で本当に「悩み」や「弱さ」に寄り添う仕事をしている人も確かにいます。

私もその一人になれるように、変化し続ける「今」を一歩ずつで進みます。

 

なので、もしあなたが誰にも相談できずに毎日が辛いのでしたら、ぜひ弱音でも人生相談でもなんでもお話ください。

「和」を拡げ、自分の見てる世界をより良い場所に変える。

お金ももちろん大事です。

でも、お金よりも先に「心」がなければ、それはただの「紙切れ」と同じだと今の私は思います。

 

人を騙していくらたくさんのお金を得ようと、本当の意味で「心」が満たされる日は一生やってこないと思います。

たとえそのまま一生を終えたとしても、次世代に負の遺産は必ず受け継がれることになります。

 

だから、「お金という物体そのもの」に価値があるのではなく、誰かの「心」によりよい影響(愛)を届けられた対価として、お金が生まれる世の中にしたいんです。

「貨幣自体に価値がある」と思い込みがちな現代だから、方法や手段を選ばずに「お金を得るためだけのビジネス」で溢れていると思うんです。

 

本当は価値なんて提供できなくても、生きているというただそれだけで周りのあらゆるものに影響を与えているんでしょうけどね。

でもそれが「奪う」とか「騙す」だと、良い影響は生まれないですよね。。

これは信じられなくて当然ですが、今の社会の仕組みを創り上げた権力者層はまさにそういう思想が根底なんですよ。

 

目には見えない「あったかい気持ち」や「感謝の感情」こそが価値の本質だと信じたいです。

 

量子論という分野の研究では、「肉眼では見えない感情というエネルギーすらも、素粒子レベルまで小さく見てみると物質である」ということがわかっているそうです。

だからこそ騙しや嘘は目に見えなくともそこには物質として実在し、そのまま自分の身に積み重なり、いくらお金を得ようとも「恨み・妬み・罪悪感虚無感」などによって、心が満たされることはない無限ループに陥ってしまうのかもしれませんね。

人は「向き合いたくない現実」に向き合うために生まれてきた。

向き合いたくない現実、それが私にとっては「肌の悩み」や「体の痛み」だったんです。

意図してわざとそうしたわけでもなく、いつの間にかその悩みに直面していた。

あなたもそうだと思います。

誰が喜んでこんな苦しい悩みを抱えたいか!って思いますけど、

導かれるように何かに悩み、その悩みを解決するために人間みんなそれぞれ生まれてきているんですよ。きっと。多分。おそらく。。

とりあえず「今」の自分はそう感じたっていうだけなのであまり深くは捉えないで下さい。笑

 

悩みに向き合って「本当の自分」で生きた証を遺すのか。

見て見ぬ振りして「偽りの自分」で生きた証を遺すのか。

答えは人の数だけあるでしょうから、自分自身で考え続けたいと私は思います。

 

これも今気づきましたが、、

まさにNARUTOに出てくる「イザナギイザナミですね。

「都合の悪い現実を思い通りに書き換える術」イザナギという術で、「騙して無理やり利益を得る行為」そのものです。

そして「そのイザナギによって驕った術者の目を醒ますために作られた術」イザナミで、「自分自身の驕りを認めるまでは一生満たされることのない虚無を追い求めるループにハマってしまう人生」そのものですね。

 

「騙し」や「奪い」によって始まった今の文明のなかで、蓋をして見えなくしてきた闇が、現代になって表面にも溢れ出てきて止められなくなっている状態です。

 

自殺者や貧困や紛争や利権。

表面上では問題ないように見せてきたメディアの嘘が、ネットSNSの発達によってじわじわとバレてきていますよね。

 

地位や権力を手にして自分が強くなったと勘違いしているうちに、本質がどんどん見えなくなっていくんです。

その尻拭いをさせられることになったのが、自分たち現代人だったわけです。

 

そしてこれは化粧品依存ループともまったく同じだと思います。

見えないように表面上だけ取り繕っていた結果、本質はボロボロの状態に壊れていた肌。

それを癒やせるのは、ありのままの自分自身を認めてあげることだと思います。

 

イタチ大先生の教訓もすごく身に沁みます。。

 

話がごちゃごちゃになりましたが、本質は全部繋がってると思います。

 

ありのままの自分を自分自身が認めてやる。

これを大事にしていきたいです。

 

今すぐにじゃなくてもいいから、少しずつ、一歩ずつで良い。

「ありのままの自分ってなんだろう?」って考えるところから全ては始まると思います。

 

私にとっての肌断食は「ありのままの自分を認めていくこと」です。

失った時間を取り戻すような旅路に思えますが、本当の自分に向き合うのはそれだけで得られるものが大きいと思います。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

※この記事の内容は、全ての人に必ず効果が保証できるわけではありません。個人差や体に合わない場合も当然あります。一概に判断せず、あくまでも参考程度に取り入れて実践していただければと思います。

 

 

 

 

 

 

 

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近のコメント

ページ上部へ戻る