大事なペットの猫が亡くなってから気付いたことや後悔したこと

自分の一番大切だった家族が亡くなりました。

猫ですけど、自分の中で一番と言っていいほど大事な存在でした。

チビタです。

 

2年前にフーちゃんというもう一匹の猫を亡くしました。

 

今回の記事は、「大事な猫を失ってから気づいたこと」や、「もっとこうしておけばよかったと後悔したこと」を書いておこうと思います。

今まだペットが生きている人には、意味のある記事になるかなと思ったからです。

 

①とにかく少しでも一緒にいる時間を作る

当たり前なことですね。

でも、とにかく失った今すごく後悔するのは、もっと一緒にいる時間を作ればよかったということなんですよね。

「生きている」ということは当たり前のようで、一瞬で手の届かないものになります。

 

「どうせまだ死なないだろうし、会いたいけど今日はいいや。」

そういう日が続いて、やがて存在を忘れる瞬間もでてきてしまったりします。

 

でも、ペットの寿命は人間よりも全然短いので、気が付いたときにはいつの間にか弱っていた、ということが多いです。

 

私の場合、二匹とも、自分の生活に手一杯で構ってあげられなくなってしまい、気が付いたら猫はすごく弱ってしまっていました。

そして、あっという間に逝ってしまいました。

 

当たり前ですけど、死んじゃったらどんなに会いたくてももう一生触れないし会えないですからね。。

 

なので、いま実家にいなかったり離れて暮らしている人は、できるだけペットと会える時間を作ってあげてください。

ペットは絶対喜びます。

 

そして、家族が構ってくれるだけで、それだけでペットに元気を与えることになるし、同時に自分もペットから元気を与えられていることに気が付きました。

②ペットとの当たり前な毎日こそ、宝物の時間だと気付く

実家に引きこもって辛かったときは、チビタがずっとそばにいてくれました。

 

その時のチビタは、今まで家にあまりいなかった遊び相手が一人ずっと家にいてくれて、少し嬉しそうだった、と勝手にですが思ってます。

 

 

私が引きこもって一番辛かった時期のチビタです↓

「ねー、なんでそんな悲しい顔してるん?」って心配してくれてたと思います。笑

 

 

私がブログで少しずつありのままの気持ちを出せるようになってきた時のチビタです↓

「おいこらチッター、パソコンばっかいじってないでもっとオレに構ってやー」って部屋に何度も来たり出たりしてた時です。笑

 

 

一人暮らしする直前、久しぶりに友達と会って話せた後のチビタです↓

「友達に会えたんか、そうかそうか良かったね!」って優しい顔してる感じがして、めっちゃ好きな写真です。笑

 

 

ペットは飼い主に似ると言いますが、これマジです。

 

ペットは環境や飼い主の感情や注がれる愛情によって表情が大きく変わります。

野生の猫とペットの猫の目つきが全く違うように、飼われる人の接し方によっても表情が変わるし、飼い主が楽しそうにしてるとその感情を察知してリラックスしたりします。

感情というエネルギーも、素粒子という物質なので、人間よりも自然に近い動物である猫は、敏感に周りの人間の感情を受け取ります。

 

このチビタも、飼い主である私の心情に寄り添うような表情の変化を見せてくれる、本当にかわいくてイイヤツでした。

③自分が上手くいっている時や忙しい時こそ、なるべく存在を忘れないであげる

自分の人生を進んで、順調に上手くいっている時、離れているペットの存在を忘れてしまう時間がどうしても出てきますよね。

あとは日々の忙しさの中にいる時。

 

それは仕方ないことでもあるのですが、ペットにとっては人間の社会事情なんて関係なくて、少しでも構ってほしいのが本当の気持ちだと思います。

犬や猫などの動物は、「常に与え続けてくれる存在」です。

 

人間はそんなペットの「無条件の愛」がつい当たり前になって、時には「与えられていること」を忘れてしまう時期がやってくる場合もあります。

 

チビタは16年ほど生きてくれたので寿命ではあったのですが、

それでも自分が実家にいたときはすごく元気でした。

毎日思いっきり可愛がれたのが自分にとってもめちゃくちゃ癒やしになってました。

まるで足りない部分を補ってくれているような、かけがえない存在でした。

 

そんなチビタのおかげもあり、少しずつ一歩ずつ自分の本音を大事にして進み始め、ついに一人暮らしすることに決めました。

そして実家を離れてから、チビタはみるみる弱っていきました。

 

実家には両親がいましたが、二人の雰囲気は喧嘩ばかりですごくどんよりしていたと思います。

猫や犬は、そういう人間の負の感情も敏感に受け取る動物ですので、二人の闇の部分をストレートに受け取っていたのだと思います。

 

そんな両親の、悲しさも、憎しみも、怒りも、チビタは無条件に受け止めてくれていたのだと思います。

臆病で気が弱い性格の猫ちゃんでしたから、その分優しいところがあって、本当にイイヤツだったんです。

 

こんなちっちゃい頃から家族の一員でした。

私が小学2年のころ。

それから大学卒業して2年くらい経つまでずっと一緒に生きてきました。

 

チビタも家族からの愛が注がれて、嬉しかったと思います。

だからこそ、そんな愛を知ってるからこそ、だんだん離れ離れになっていく家族の心や距離に、寂しさも感じていたのかもしれません。

 

きっと両親にも寄り添っていたに違いありません。

他の兄弟たちにも、それぞれ色んな二人だけの大事な時間や思い出がたくさんあったはずです。

 

フーちゃんとチビタ。

ある意味自分の家族の心の支えになっていた存在だった気がします。

 

そんな存在がいなくなってしまうのは、振り返ったら本当に一瞬の出来事です。

 

なので、今もしあなたが、ペットの存在が当たり前になってしまっているのなら、少しだけでもいいから、一緒にいる時間を大切にしてあげてほしいと思います!

④最後の時間を一緒に過ごす。

ペットが弱ってしまい、もう長く生きられない、という状態になってしまった時。

 

動物を飼う上では、絶対にやってくる避けては通れない時期ですよね。

 

失った今言えることは、

「まだ大丈夫だろ」

というのは絶対にやめておいたほうがいい思考だということです。

後悔するからです。

 

幸いチビタとは最後の時間をなるべく多く過ごすことが出来ましたから、感謝の気持ちを伝えることが出来ました。

そして、兄弟たちが会いに来るまで、なんとか踏ん張ってくれました。

 

楽しかった時間や寄り添ってくれた分、悲しい別れが迫った時間はなるべく寄り添ってあげてください。

~さいごに~

私達人間は、ペットを飼っているつもりが、実はいろんなことを教えられていることに気が付きますよね。

私が小学生のとき、初めて「死」という別れを経験したのも猫の存在でした。

 

この世の終わりかと思うほど絶望した記憶があります。

 

なんど経験しても、やっぱり別れは辛いですね。

でも、その猫たちのおかげで、色んなことを考えさせられますよね。

 

猫たちが短い寿命で「命」の儚さを教えてくれることで、まだ生きている家族や友達の存在がどれだけ大事な存在なのかが身にしみます。

 

短いからこそ、人間に本当に濃い経験を与えてくれるのが動物ですね。

 

人間は色んな常識を背負って忙しく生きなきゃいけないけど、動物たちにはそんなこと関係ないです。

だから、きっと私達が死んだ時、あの世でなにも背負わずにまた思いっきり猫たちと遊べるんじゃないかと。

 

それまで待ち合わせみたいなもんです。

ボランティアで地球に生まれ、飼い主の人間に出会い、愛を振り撒いて、色んなことを教える仕事が完了したら、先に行って待ってくれてるんだと思います。

 

「どうだった?今回のキミの人生、ありのままに思いっきり生きれた?」

って聞かれるかもしれませんね。

 

「ちょっと手こずったけど、お前のおかげですげー楽しかったよ!」

って、言えたら良いですねー。

 

猫たちと、天国で待ち合わせです。

 

家族も生きているのは当たり前じゃないですよね。

今は色んなわだかまりがあっても、少しずつでいいから当たり前じゃない時間を大事にできたら良いと思いました。

 

チビタ、大好き!!本当に本当にありがとう!!!!

 

みなさんぜひペットとの時間を大切にしてあげてください。

お読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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