栃木茂木サーキット ホンダ・コレクションホール(ポエムあり)

茂木サーキット

3時起きで栃木県の茂木(もてぎ)という田舎に行ってまいりました。

バイクを買ったということで、父に誘われてバイクのレースを見に行きました。↓

 

↓神奈川から3時間弱でサーキット場です。

「パドック」と呼ばれる場所(モーターレースなどにおける自動車の整備場所)に入れるチケットでした。

 

バイクのレースまではまだ時間があったので、「ホンダ・コレクションホール」というホンダの展示場に来ました。

父とは大した会話はしませんが、車やバイクのこととなると、すごく楽しそうに話を聞かせてくれました。

歴史ある展示物に、久しぶりに父のワクワクしているような表情をみました。

 

 

 

バイクとか車って、興味ない時に観ても何も魅力感じないし、「なんでこんな変なカタチしてるんだろう」とか思っちゃったりするけど、いざ自分で乗ってみたり、色んな写真とか情報を観ていくうちに、すごくそのカタチがかっこよく見えたり、前には気が付かなかった魅力を感じたりするんですよね。

 

それは何事にも同じで、自分が魅力に感じることって、自分にしかない視点や意識だと思います。

他のだれとも全く一緒というのはありえないし、自分の好きなものを相手に無理矢理わからせようとしても、相手は引いてしまったり理解できないことがほとんどですよね。

 

でも、逆に言うと自分が好きならそれでいいし、無理に他人にわからせる必要もない。

だからこそ、「みんなちがってみんないい」という考え方は魅力があります。もちろん誰も傷つけない範囲でですが。

 

でも、うざいときはうざいですよね。

むかつくときだって人間なんだしあるのが当たり前ですよね。

私もホントにそんなんばっかです。

 

それでもそういうときがあるから、やっぱり好きなものや人や時間や気持ちもより多く感じられるはずですよね。

 

だから苛ついたり上手くいかないときも悪いことだと思いすぎずに、「こういう自分もあるんだ」って客観的に見れたらいいのかなって思います。

 

「自分」ってなんなんでしょうね。。?

 

↓エグい数の来場者のバイクでした。

↓レースの開始の瞬間です。

↓命がけでレースをしている選手。バイクレースを間近で観て直感で感じたことは、「戦闘機みたい」でした。音もすごいし一瞬のミスが命取りで、死と隣合わせで競争している感じ。まさに戦争みたいなイメージを垣間見ました。それを安全な傍から観戦している大勢の観客達。それでもとにかくすごいしかっこよかったし、感動も与えている。不思議ですねー。

語ります。

父との1日は、すごく色んなことを考えました。

また嫌な部分が見えたりしたところもあったし、反対に良い部分もあったです。

すげー似てるなって思いました。

めっちゃ嫌だけど、親子だからしょーがない。

 

痛い所我慢して、休みも少なく毎日働いて、それを何十年もずっとやってきたら、そりゃ色んな文句や不満もあるのも当たり前だなって思いました。

ボロボロになった手とか、自分と同じように歪んでる身体とか、そういうのを治したくても治す暇もなかったり、行動する気にもなれなかったり、また毎日の仕事の繰り返しだったり、家族との会話がなくなっていったり、夫婦の溝ができていったり、色んなお金がかかったり、子供がいるから途中でやめられなかったり、、

 

そういうのを、全部なにも言わずに何十年も影でやってきて、それでどうしようもなく辛いのを我慢していたら、闇に飲まれてしまうのも無理はないかもしれない。そう思ったりしました。

 

自分はまだ若いし、早い内に身体を壊したり色んなことに気がついて再出発できたけど、もし自分が父と同じ立場だったら、すごく辛くて投げ出したくなっていると思う。

それは母や姉や兄にも言えることで、みんな頑張ってるから辛いんだなって、すごく改めて感じました。

 

 

ここから変な話になります、

きっと、結局はみんな、そういうことを地球にやりにきてるんだと思います。

 

そういう不自由や挫折や不安や葛藤や悩み、とかを経験して、色んなことを学ぼうとしているんだと思います。

地球のなかで、その環境で、その両親の元で、その家族の元で、その時代で、その肉体で。

 

辛くて、痛くて、苦しくて、逃げたくて、どうしようもなくなって。

そうして初めて、気がつく時があるんだと思います。

「これをやりにきたんだ」って。

 

鬱になったり、自殺したくなったり、自暴自棄になったり、

そういうことを経験して始めて、「人にやさしくしよう」って強く感じるはずです。

 

自分が泣いてしまう日があったから、周りに泣いてる人がいたら痛みがわかるはずです。

 

だからやさしくしたいって、見返り求めずに思えるはずです。

無条件に心配したり力になりたいって思える瞬間があるはずです。

 

優しくしたら、「ありがとう」って言われて、心の底からあたたかい気持ちになったり。

優しくされた人が、今度は他の人に優しくして、またありがとうって言われてあたたかい気持ちになったり。

 

きっと、そういう「愛」を一人ずつ、一歩ずつ拡げるために、この地球にみんな生まれてきているんじゃないかなと、思ったり思わなかったりラジバンダリ。

 

 

調子いいときはこういうポエム書けるけど、また闇にのまれると毒吐いたりしちゃうのが、自分の残念な所です。

けど、それでもいいっしょと。

それが自分だろと。

 

思う。多分。わからん。

 

 

たとえずっと会わなくても本当に好きな人や大事に思ってる親友だったら、それで十分だと思います。

 

コロコロ変わる自分ですから、またいつか会いたくなる日も来るかもしれませんし、来ないかもしれません。

 

いきなり携帯変えたり、電話番号変えたのを良い機会に一切の繋がりを断ち切ったりしてしまった私ですが、、笑

それでも色んな人と連絡取ってなくても、自分が想ってるなら絶対伝わるし、繋がってると信じます。

 

でも、大事な人のいざというときや本当に困っているときは、絶対に力になりたいと思っています。

大事な奴らは、お互いが想ってればそういうときにまた自然と集まるんだと思います。

そして大事なやつらは無条件に応援しています。

 

だから、それでいいと思いたいです。

 

これが「今」の自分です。

本当にありがとう。

 

 

 

今日もかなり生きてました。

見ていただきましてありがとうございました。

 



  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る