【NARUTO哲学】暁小南編

小南の哲学

(※以下ネタバレ注意)

 

 

 

小南は弥彦という大切な人を奪われて、そこから長門と共に闇に落ちました。

戦争ばかりの世界を、弥彦の想いによって光で導き、明るく照らすはずだった「暁」という組織は、

マダラらの目論見も絡みつつ、世界を絶望へと導く組織へと変わっていきました。

 

でも、小南や長門も小さい頃は純粋で、優しくて、思いやりに満ちていましたよね。

自来也という師匠とともに修行する毎日を経て、強くなって戦争を無くしてやると意気込んでいました。

でも、長門と小南にとって大きな存在である弥彦を失ってしまって、大きな愛が大きな憎しみに変わり、闇への道を進むことになりました。

 

これもまた、現実世界でも同じようなことが起きている気がします。

大切な人を、誰かに奪われる悲しみや苦しみは、優しい人ほど復讐を生むキッカケになり得るんですよね。

 

大切であればあるほど、奪われた現実を受け入れられなくて、やり返したくなってしまう。

そうして争いが生まれ、やり返しの繰り返しが始まり、戦争という大きな負の連鎖にも繋がることもありますよね。

 

小南は小さい頃、あんなに純粋で光に満ちていたのに、戦争は容赦なく人格を変えるキッカケになってしまいます。

でも、やり返すことや復讐することが、なんの解決にもならないということは、本人が一番わかっているんですよね。

 

復讐したところで、スッキリするのは一時的な感情だけ。

やり返したところで失った人は返ってこない。

 

だからこそ小南は、長門が認めたナルトを信じると決意したのでしょうね。

色んな悲しみを背負ってもなお絶対に諦めないナルトなら、弥彦の叶えられなかった夢を叶えてくれるかもしれない、と。

 

優しいからこそ、闇に落ちてしまう。

たとえそれが悪だとわかっていても、人は孤独には勝てない。

 

きっと今の日本や世界中にも、小南のような人が闇の役を演じて必死に生きているのかも知れません。

それを光に導くのは、あなたや私の「諦めない愛」かもしれません!

 

たとえ一人でも心の闇を照らすことができたのなら、それはもう奇跡です。

やがてそれがまたもうひとりの誰かに繋がり、どんどん拡がっていくかもしれません!

 

バカにされても笑われても、諦めずに生きたいです。

 

お読み頂いてありがとうございました。

 

 

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