ありのままの自分で人間関係を作る。他人は他人。自分は自分の幸せを。

取り繕った人間関係がきらいだ。

表ではニコニコ、裏では誰かの悪口。

その場にいない誰かの愚痴で盛り上がるような空間。

 

きっと、誰もがそんな空間にいることを、ごく当たり前だと思い込んで生きている。

本当は居たくないのに、居なきゃ誰かに後ろ指さされるから。

 

つまんないのに笑ってないと、目をつけられるから、愛想笑いで心が疲れる毎日。

本当に楽しい時に笑い、本当に幸せな時に心地いいと感じる。

自分の心に嘘をついていると、いつしかそんな当たり前なことが、よくわからなくなってしまう。

 

あの人と同じでなきゃだめ。

あの人といれば舐められない。

あの喋り方なら気に入られる。

あの人と同じ服を着ればオシャレ。

 

全部自分のありのままの気持ちを無視した生き方だ。

自分は、もしかして誰かの人生を必死に生きているんじゃないか?

 

誰かの評価のために自分の本当の姿を抑え込んでいないか?

自分の本当の姿をさらけだすと、

バカにされるから、仲間はずれにされるから、オシャレじゃないから、、

そうやって、みんながみんな完璧しか許さなくなる。

 

少しでも常識のレールから外れる者は、一斉に批判否定される。

ありのままに、他人の評価から離れて自由に生きている人をどうしてもバカにして否定したくなってしまう。

 

人は人で、自分は自分なのに。

みんなちがってみんないいのに。

 

大人になるにつれ、常識という見えないルールに縛られて、「とびきりな自分らしい気持ち」を表に出せなくなってしまう。

 

それが当たり前だから。

でないと親や世間に怒られるから。。

 

でも、どんな生き方であっても、正解なんてものはない。

1000人いたら、1000通りに様々な人生があっていい。

 

あれはだめこれはだめ、なんて常識という偏見で他人の生き方を判断する必要もなく、

目や鼻や口や肌の色や背の高さ、誰一人自分とおんなじ人間はいないんだからこそ、学校で教わった「常識」なんかで他人のことを判断しなくていい。

 

みんなちがう。

ちがうから否定するんじゃなく、ちがうからこそ尊重して良い所を見ようとする。

 

同じにしようとするから喧嘩する。

同じじゃないことに不安や怒りを感じるから否定したくなる。

 

他人を変えるのは自分の仕事ではないはず。

 

否定してくるやつは気にしなくていい。

邪魔してくるやつとは離れられるように一歩ずつ行動すればいい。

 

オレは、自分自身が本当に心から「幸せ」と思える時間を、ひたすら作っていく生き方をしたい。

「幸せ」は他人と比べて競うものではなく、自分自身の本心を大事にしてあげることで見えてくるのだと想う。

 

そうやって少しずつでいいから自分自身の心を、自分自身で幸せにしていければ、いつかそれは周りの人にも拡がっていく。

そういう幸せな気持ちを持って生きている人の周りには、同じように心地いい時間を過ごしたい人が徐々に集まってくる。

 

居たくない場所から離れる。

居たい場所にいれるようになる方法を考える。

一緒に居て心地良くない人とは距離を置く。

一緒に居たい人と一緒にいれる方法を考える。

 

他人を否定しなくていいから、自分の幸せに集中していけばいい。

 

みんなちがってみんないい。

これが、自分の見ている世界を変えるマインドかもね!

 

お読みいただいて、ありがとうございました。

 



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