「湯を沸かすほどの熱い愛」を観て感動したからこそ、今の世界が虚しい!

映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を観て想ったこと。

映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を観ました。

 

結論から言うと、

今まで観た映画の中で1番泣きました・・・

 

ネタバレなしで個人的な感想を殴り書きたいと想います。

映画の内容はほぼ言わずに、ただただ自分の想いを書きます。

 

 

なんかもう、とにかく「無条件の愛」を感じられる映画でした。

なんで泣けたのかっていうと、この映画を観て、今の社会構造に対して無性に腹が立って悲しくなって、ただただ悔しくなったからです。

 

こんなにも愛を持って生きている人はたくさんいるし、みんな本当は優しい心を持っているのに、

この生きづらい社会によって強かに、時には相手を傷つけるような選択をしなければならないという現実にひたすら悔しく感じました。

 

本当はみんなが幸せになれるように、技術やテクノロジーを平等に普及できる状態はとっくのとうに完成しているのに、本当に一握りの権力者によって意図的に世の中はコントロールされている、ということを痛感しました。

(【世界の裏側】フリーエネルギー(永久機関)の技術はとっくに完成していた)

 

本当はみんなが愛を拡げることができるのに、どう考えても生きづらい世の中に制限されている。

それによって無駄に相手を傷つけなくてはいけない人間関係が増えたり、自分を偽って強かに生きるしかなくなってしまったり。

誰かを傷つけることでしか自分を守ることができなくなったり。

 

本当に世の中のほとんどが嘘で塗り固められてます。

その根拠は決して一言では説明できないからこそ、もどかしいです。

逆に言えばそれほど全ての事象が、権力者によって仕組まれた「嘘」であるということです。

 

でももちろん、この映画のように、辛い現状の中でも自分よりも常に相手のためを想って、無条件の「愛」を持って生きている人はたくさんいるはずです。

でも、余裕がなくなってしまうとこの社会構造ではどんどん負の連鎖に陥ってしまう。

 

「社会の奴隷」として機能できなくなった人間は、死ぬか、他を蹴落とし奪い騙し、利益だけを追求し、這い上がるしかなくなる。

でもそんな方法で得た利益では、引き換えとして「無条件の愛」に飢えた人生を生きることとなってしまう。

 

だからこそ、一握りの権力者の都合の良い世の中になっている現状が、すごく腹立たしく想いました。

 

それと同時に、

自分自身の無力さが身にしみて、ブログで自分の想いを書き殴るしかできない自分に失望して、とんでもなく悲しくなりました。

 

本当に今の世界、バカバカしいです。

何がどうバカバカしいのか、それは書けませんが、世界の裏の真実を照らし合わせれば照らし合わせるほど、本気でバカバカしくなります。

 

本当はみんな明日にでも幸せになれるのに、そのための技術やテクノロジーなんてとっくのとうに完成しているのに、、

それは既得権益にまみれた醜い人間の支配欲によって、独占され、隠蔽され、闇に葬られ、ただただ一握りの者達だけが利益を牛耳り、一般市民をひたすら自分たちの奴隷として意図的にコントロールしています。

 

知識をひけらかしたいわけではなく、本当に色んな醜い世界を観て、核心的な情報を知ってしまったからこそ、本当に呆れます。

 

なにもかもが誰かの都合の良いようにコントロールされていました。

 

何も知らない人がこういう文章を「ありえない」とか「変な人」とか「オカルトに洗脳されたイタい奴」というレッテルを無意識に貼ってしまうことこそが、なによりの「洗脳」の証拠でした。

 

まさに「塀の中の子羊」のように誘導されているのが今の世の中です。

「洗脳」されていることに気付けていないことこそが、そのなによりの証拠だったんです。

 

真実を知らない人を見下して、無知だとバカにしたいわけではなく、ただ本当にこの世界は「作られた虚構の世界」であることは、多様な情報に触れれば触れるほど明らかになってきます。

 

こんなことをここで書いたとして、なにも変わることは無いのに、でも悔しくて書かずにはいられませんでした。

 

この映画で描かれる「日常の愛」に感動したからこそ、現実のクソッタレな「闇」に腹が立ちました。

 

どうすればいいのかはわかりません。

文句ばかり言ってても変わりません。

救世主も現れません。

 

でもだからこそ、この映画の家族のように、ただひたすら目の前の「日常の小さな愛」を大事にしていくことしかできない気もします。

むしろ、それこそが唯一この腐った世の中を変えられる最後の「切り札」かもしれませんよね。

 

そう想うと、少し頑張れそうです。

 

大きな存在を一気に変えることはできないけど、自分にできることで「愛」を少しでも拡げる。

それによってバタフライエフェクトとなって、やがて大きな存在を変えることになるかもしれないですね。

 

今日の悲しみも、きっと無駄じゃないはずだ。

 

お読み頂いてありがとうございました。

 



  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

  5mail

 

スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る