【ゆる日記】歩くこともままならなかった。ついに走れるように・・・!

「無理している自分」を認めて、「休むこと」を許してあげる。

接骨院での治療を受け始めてから、どんどん良い方向に向かってきています。

 

身体の歪みを治すのが最優先だと思って、1年間孤独にリハビリ体操をしてきました。

何度も何度も諦めそうになって嫌になってムカついてイライラして、自分の身体なんてクソだと思うときもありました。

 

でも、自分の行動で痛めつけて無理した結果が、「歪み」や「痛み」でした。

理由はどうあれ、無理させた自分が原因です。

 

人のせいにしたり、部活時代の監督のせいにしたくなったり、当時のチームのせいにしたり、、

ずっとそうやって「外」のせいにしてきました。

 

でも、全部すべてまるっきり自分のせいです。

だからこそ苛つきました。

 

頑張ったのになんで自分だけがこんなに苦しまなきゃいけないんだとか、

自分の苦しみを他人があまり理解してくれないことへの苛立ちも常にありました。

 

でも、他人に心配してもらいたかっただけだと思います。

誰かに助けてもらいたかっただけだと思います。

 

そして、誰かに「休んで良いんだよ」と言って欲しかったんだと思います。

 

 

でも、自分が「一旦休む」ということを認めて許してあげるだけで、

今までの行動で自分の身体を無理させてきたことに対して、しっかりと向き合うことができたんです。

 

時間はかかる。

周りの同世代のみんなは社会に出て自立していく。

孤独で自分の力で行動するしかない。

助けや応援なんてほぼない。

 

そんな中でも、毎日「リハビリ体操」だけは欠かさずやってきました。

その結果、1年でかなり変わりました。

1日では意味ないと感じることも、1年継続すると、かなりの変化を生むかもしれないんですよね。当たり前ですけどね。

 

でもその「当たり前」をどれだけ「かけがえない」と思えるか。

それを本当に改めて思い知りました。

 

もちろん休むには周りの助けが必要でした。

両親にはとても迷惑をかけているし、今もなお食わせてもらっている分際です。

とてもありがたいことだし、この環境すらも当たり前と思ってはいけないなと改めて感じています。。

 

でも、人生のうちの何年かを、じっくりと自分を見つめ直す期間として休ませてくれと頼んだからこそ、両親は支えてくれているのだと思います。

 

だから、「休む」ってのは「逃げ」じゃないと思いたいです。

 

他人にどう思われようが、自分の人生を自分の意志で生きていく。

それが自分軸の人生だと思うんです。

 

 

接骨院は、

気が乗らなかったし人と会いたくなかったけど、接骨院に通い始めてから更にステップアップ出来ている気がします。

 

他の人からしてみればそれは「当たり前」なことかもしれない。

でも、「今」の私にとってはくっっっっっっっそ奇跡でした。笑

 

 

「普通に走れる」

 

 

これがどれだけ奇跡か。

それは失ってみて初めて気がつけるのかもしれません。

 

ゆっくり、焦らず、一歩ずつ。

ありのままの自分で「今」を積み重ねて生きたいです・・・

 

お読み頂いてありがとうございました。

 

 

 



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