自分を追い込み続ける我慢の生活から自分らしく生きる決意をした訳

はじめまして。

チッターといいます。

 

「孤高の引きこもりライダー」です。謎

 

学生時代は体育会系のアスリートで、筋トレオタクでした。

 

元々はポジティブで明るくて誰にでも人当たりの良い性格でした。

そして大学卒業まで表面上では順風満帆な割とリア充人生を生きていました。

 

 

・・・ではなぜ、そんな私が引きこもりになったのか。

なぜ、一時期自殺を考えたほどネガティブになったのか。

 

その理由について、

この記事では、以下長々と詳しく掘り下げていますので、お時間があるときにでものんびりと読んでいってくれたらとても嬉しいです。

(超絶自分語りをお許し下さい。)

 

高校から踏み入れた新たな競技人生

 

小さい頃から体を動かすのが大好きで、体育が好きで好きでたまらなかったです。

運動神経にだけは自信がありました。

 

そして、中学の時に初めてあるスポーツと出会いました。

 

自分の得意な要素が全て詰まった、夢のような競技でした。

 

自分なりに努力してなんとかその競技部活のある高校へ合格出来ました。

 

肌の悩みを見て見ぬふりする毎日

そして、肌の事ですが、

私は中学生から徐々にスキンケアオタクになり始め、高校の卒業式くらいには、超敏感肌でニキビもあり、肌が赤黒くて汚肌になってしまっていました・・・。

 

高校の部活をしていたときは、屋外での部活だったので、重く日焼けをした肌に男性用の刺激の強い洗顔料や化粧水、乳液などをわけもわからずつけ続けていました。

 

そのせいで、私の肌は気がついたら相当なダメージを重ねてしまっていました。。

 

モヤモヤの中、嫌々続けなくてはいけなかった部活生活

・・・そして、

その肌の悩みも心の底に抱えながら、

いよいよ大学での4年間ガチ部活漬け生活が始まりました。

 

めっちゃくちゃ厳しい!!

監督が恐ろしい!!

 

高校の顧問も怖かったけど、大学の顧問は、もっと違う恐ろしさを持った人でした。笑

私はその状況がストレスすぎてずっと超ビクビクしてました。

 

それでも、入学して同じ1年生の仲間ができて、精一杯に毎日の練習や試合や合宿を乗り越えて行きました。

全国色々な場所で濃い経験をさせていただきました。

 

大学の授業も辛かったですし、なにより当時付き合っていた彼女との関係にも、自分なりにかなり悩まされていた時期でした。

女性との関係

高校卒業間近に付き合った彼女がいたのですが、

付き合った時は「追われる立場」だったのに、いつしか、「超追う立場」に逆転していきましたね。

 

・厳しい部活

・大学の授業

・酷い汚肌

という「地獄の三種の神器」を背負っていた私は、どんどんと彼女への嫉妬に支配された毎日に陥っていきました。。

 

授業を受けていても、自分の汚い肌が気になって、すべてのことに集中できない状態でした。

部活中も、肌が汚い自分をどうにか忘れながら努力して見て見ぬふりをしていました。

 

朝早くから大学の授業もありながら、週6で夜9時半までかなりハードな練習の毎日でした。

疲れて帰宅して寝るのはいつも日付が変わってからでした。

 

そんな毎日にも、2年生になってからは、少し変化がありました。

 

部活の監督が急遽変わったのです。

私にとって地獄でしかなかった環境は、2年生になって少しだけ和らいだんです。

 

彼女との関係も、我慢できなくなって、自分から別れを告げました。

それまでの人生で、こんなに好きになった人はいない、というほど好きだった女性でした。

本気で結婚すると思っていた程でしたから、相当好きだったんだと思います。

 

でも、その好きっていう気持ちは、純粋な好きだけではなかったと今では思います。

その好きの中には、「依存」がとても多く含まれていたんです。

 

肌が汚い自分と付き合ってくれていたのは、本当に心の拠り所だったので、その拠り所に私はのめり込んで、偏った歪んだ愛の気持ちが生まれていたんです。

 

でも、そんな自分ではその彼女のためにもならないし、

なにより自分のためにもならないと思って、本当に辛かったのですが自分から離れようと決意して、無理やり依存の繋がりを断ち切りました。

 

そして、しばらくは未練タラタラだった私でしたが、部活と授業の毎日に再び没頭し、気が付いたら、依存から脱出出来ていました。

 

あれだけ「いなきゃやってけない」と思っていた彼女のことも、時間が経ってからは、客観的に「依存しまくっていた」と認識できるようになり、自立し始めた自分を感じられるようになっていました。

 

そのときには「無くてはならない存在」だと思いこんでいたことが、時間が経ってみたら、自分の中で「さほど重要じゃない事象」に変わっていたんです・・・。

(人間てホントおもしろいですよねー・・・笑)

 

でもその日々は本当に楽しかった思い出もあり、当時の彼女には良い所もたくさんありましたし、とても感謝しています。

化粧品でのスキンケアの矛盾

そして、大学3年には、そういったストレスから少し解放されたからか、

肌の荒れを「隠す」スキルが身に付いて、少し大学生活を楽しんでいる自分がいました。

 

しかし、化粧品の力によって最低限の見た目を保てるようになっていたものの、根本的な肌のダメージは、その当時も確実に蓄積されていました。

 

その「化粧品によって得ることができる一時的な見た目のキレイさ」は、そう長くは続きませんでした。

 

4年になって、敏感肌や乾燥肌がひどくなっていき、見て見ぬふりできない状態になっていました。

化粧品で隠し続けてきた乾燥や敏感さが、みるみる表に現れてきたんですね・・・。

無理や我慢で乗り切ろうとした部活引退間際

そして、その時は、4年という最上級生として、部活の引退の時期でした。

肌のことに一喜一憂しながらも、引退に向けて、なんとか部活に集中しようと自分の悩みを隠して生きていました。

 

1年の時からシーズン前に限ってケガをして、「最後まで満足に活躍できていなかった私」は、4年になって強化期間の時期に本当にめちゃくちゃハードに自主練しまくっていたんです。

 

部活がオフの日にも1人で走りまくりました。

筋トレも毎日鬼のように自分を追い込んで、自分なりにかなり努力していました。

 

でも、そんな偏った無理や負担は、身体にモロにダメージを与えてしまっていました。

疲労をろくに回復もしないまま練習試合に臨んだ結果、「肉離れ」をしてしまったのです。

 

それはきっと「腰痛を庇いながらの無理な追い込み」が原因でした。

 

長距離競争でも、チーム内で2位というところまで成長していました。

筋力でもチーム内でトップレベルにまでのし上がっていました。

 

でも、一瞬で崩れ去ったんです。

 

無理しているとわかっていてもやめられなかった自分・・・

無理して手に入れた力は、実際はめちゃくちゃ脆いんです。

「諸刃の剣」とはまさにこのことですね。笑

 

そこからは、努力が水の泡になり、わけがわからなくなりました。

自分では正解だと思って頑張っていた行動が、自分をどん底に突き落とすことになったんです。

 

・・・それでも、私は最後まで諦めませんでした。

引退が迫った時期まで筋トレしまくり、なんとかケガを庇いながらプレーし続けました。

 

痛いのにテーピングをグルグル巻きにして無理矢理動いてました。

「体がぶっ壊れても良い」と思ってヤケクソになってました。

 

でも結局、引退試合には一秒も出られずに終わりました。

私の短い競技人生は、儚く幕を閉じました。。

 

身体を使った泥臭いプレーが持ち味だったので、ケガを庇いながらの私では、全く使い物にならなかったのです。

 

 

全部自分の責任です。

全部自分の行動の積み重ねが招いた結果です。

 

そう、なかなかなバカなんです私。

たまに後先考えずに突っ走ってしまうことがある性格なんです。

「猪突猛進」なんですね。

 

後悔しました。くそ自己否定しました。

自分はなんてダメな男なんだと、自分を責めちぎりました。。

 

ほんと、それから醜い顔になっていきました。。

 

しばらくは他人のせいにしたり、友だちのせいにしたり、仲間のせいにしたり、監督のせいにしたり、親のせいにしたり、、、

 

 

でも、何度も言いますが、全部自分の責任です。

自分自身の行動の結果だったんです。

死ぬまで自分を抑え込んで無理し続ける奴隷社会人へ・・・?

それでも大学4年ですから、就職のことも考えなくてはいけません。

でも、私には「見て見ぬふりを継続する人生」しか残っていませんでした・・・。

 

偏差値の低い大学卒。

部活を引退し、自己否定の毎日で、コミュ障もこじらせ、、

 

就職先なんて「公務員になる」くらいしかもう自分が輝ける道はないと思いこんでいました。

 

でも、本心は「ほんとはやりたくない」という気持ちだったと思います。

 

それは、親の期待や、世間体、周りの友だちからの評価や目線。

そんな外の事象に依存しまくっていたことの証拠でした・・・

 

それでも、公務員の道以外を見ないようにして、「絶対になってやるんだという自分」になりきって、実家に引きこもって、日々の公務員試験勉強をしていました。

 

でも、ぜんっぜん身が入らなかったんです。。

当たり前ですよね。

 

ほんとはそんな厳しいことやりたくないんだもの。

 

休みたいんだもの。

 

身体のケガもぜんっぜん治りきっていないのに、

「その状態でも無理して一生過度な筋トレを続けなければいけない人生」が目の前には待っていたんだもの・・・。

 

そんな矛盾した毎日に、私はついに我慢できなくなりました。。

 

ちらつく「死」

「もう無理だ。」

「もう本当に我慢出来ない。」

 

 

肌も人生で一番汚かったし、怪我したままの無理による、根深い後遺症もあります。

 

もう無理でした。

だから、引きこもって、毎日毎日、何秒も、何十分も、何時間も、、

ひたすらネガティブな自分の声に耳を傾けてみました・・・。

 

 

 

そして、ある時、、

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んで消えたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ふと、そう思ったんです。

人が自殺するときって、きっと重い決意なんてものはないんですよね。

 

もう、考えるのもめんどくさいというか、

これから何をしようかと考える時間もめんどくさいというか、

一瞬で楽になりたい、っていう感じになったんですよね・・・。

 

だって、寝てるだけでも痛むし、座ってても痛い。立ってても痛い。動くのも憂鬱。

 

それに加えて、自分の中で一番見て見ぬふりし続けて来た、大きな問題。

 

「汚肌」

 

これはもう無理だと思ったんです。

治すのなんて、一生無理なんじゃないか、って思ったんです。

 

いや、本当は必ず治るということはわかっていました。。

でも、自分が7年間という期間で無理をかけてきた分だけ、むしろそれ以上に、、

時間がかかることを悟っていたからなんです。

 

だから、そんなに長い間また苦しまなきゃいけないなら、

いっそここで1人でサクッと死んで、楽になりたい。

 

そう思ったんですね。

 

誰が悲しもうが、誰も悲しまなかったとしても、自殺した後に家族にどんな迷惑がかかろうと、そんなものはもうどうでもいい、って状態になってしまうんですよね。

 

だから、電車に突っ込む人の気持が、その時に初めてよくわかりました・・・

 

いや、この程度でわかった気になるなんて、甘いと思われるかもしれませんね、、

 

 

でも、

私の中では汚肌の悩みと身体の痛みは、それほど見てみぬ振り出来ない大きな問題に成長していたんです・・・。

 

それでも「生きたい」

でも、結局私には、

死ぬ勇気も死ぬ気力すらも無かったんですよね。

 

なにより、

「まだ生きたい。」

 

そう思ったんですよね。

 

 

どん底を見たからこそ、もうそこから見える景色は、上も下もどっか遠くに飛んでいって、

「前」しか無かったんですよね。

 

だから、重い体をなんとか持ち上げながら、

決意しました。

 

「進もう」と。

 

もう、自分には何も残っていない。

けど、だからこそ、もう進むしかないと思ったんです。

 

そこから毎日少しづつ、少しづつ、「調べる」という行動を積み重ねていきました。。

 

動けないなら、どうしたら動けるようになるのか、

身体の痛みは、どうやったら根本的に解消できるのか、、

 

肌のダメージは化粧品では解決できないとわかったなら、どうやったら肌は再生して健康になっていくのか、

どうやって化粧品依存から自立した強い肌を手に入れられるのか、、

 

ひたすら調べたんです。。

 

ネットに溢れている大半の情報は、ホントにほとんどがクソみたいな情報ばかりでした・・・!

 

死ぬほど悩んでいる人の気持なんてどうでもいいのかと思えるほど、自社の利益や金のことしか考えていないサイトばかりでした・・・!!!

 

でも、諦めなかったから、本物の情報にも出会えたんです。

 

深刻な汚肌脱出の唯一の道「宇津木式スキンケア法」

「宇津木式肌断食」これは信じるに値する確かな方法です。

 

というか、化粧品でのケアでは、確実に肌にダメージしか蓄積しないんです。(※例外もあります)

それは一度汚肌路線に突入してしまった人であるほど抜け出すのは困難です。

 

ゆっくりゆっくりと肌本来の機能は壊されていくんです。

それが化粧品の怖ろしさだったのです。

 

本質から背いた行動を積み重ねていけば、

遅かれ早かれ、いつか気付くことになるんですね。

 

それは私の7年間のスキンケア人生によって、確実に証明されていたんです。

 

「肌断食」に人生を懸けてみよう。

そして、本気で肌断食を始めようと決意しました。

このさき、自分の肌が一時的にどんなに酷い状態に変貌しようと、その先に待っている、「嘘偽りない心の底から笑える素晴らしい毎日」を目指して、短い期間をどんなに犠牲にしてでも、必ずたどり着いてやると。

 

そう強く決意したんです。

 

もう、やるしかなかったんです。

私がもう一度笑うためには、「肌断食」しかなかったんです。

 

そして、そう本気で決意した日から、確実に毎日が変わり始めて行きました。

 

肌断食を始めると、肌が一時的に荒れますし、肌を痛めつけてきた分だけ長い時間を要します。

そして、身体の痛みを解消するにも、一度運動を控え、長い時間を要して根本的な歪みを取らなければいけなかったんです。

 

だからこそ私には、引きこもって悩みの根本に向き合う道しかなかったんです。

 

引きこもりながら、自分の生き様を記録するブログ。

自分の悩みをさらけ出すことで、後々になって同じ悩みによって苦しむ誰かの助けになる。

 

「自分の悩んだ記録」が、いつか誰かの「悩みへの手助け」に変わるときが来る。

 

そして、私はその時から、ハッキリと自分の気持を再確認できました。

 

「無理や我慢を続ける必要なんてなかった。これからは、自分の本当の心の声に耳を傾けて、少しずつで良いから自分自身に正直に生きることを認めていこう。」

 

もちろん何も知らずに自分のやりたいことだけやって生きるなんて、そんなのは「無謀」な道でした。

 

詐欺や嘘や騙しで溢れていたネット社会の中にも、「本質的な情報」はたしかに存在していたんです。

 

それが、自分の行動次第で獲得できることに気がついたんです!

ネットのチカラは無限大だった。

闇がある人こそ、悩みがある方にこそ、ネットには自由があったんです。

 

自分を犠牲にしてまで働かなきゃいけない社会から、自分の小さな一歩で、自立して、好きなことを堂々と好きと発信して良い。

 

部活で無理をした自分を癒やしながら、その改善記録ブログに書いていく。

スキンケアオタクに陥って壊して来た肌の機能を、ゆっくりと改善しながらその日々を記録する。

 

 

無理を辞めて「ありのままの自分」を許す決意をするだけで、私達の未来は確かに変わる。

 

 

ありのままの自分で進む。

・・・長々と自分語りを失礼いたしました。

 

このブログではこれからも、

ありのままの自分で進みたい人を、陰ながら全力で応援していきたいと思っております。

 

 

 

お読みいただきましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

「肌断食」とは?

 

 

 

 

 

 



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