これが私です。

暗い自分も大事な自分。

最近(2018年1月)の私は、また「明るくならなきゃいけない」みたいな、無理した自分になろうとしてました。

それで1人で勝手に負担感じて、でもこれじゃダメだ。とか、本当の俺はもっとできるんだ、とか。

 

なんとか自分のことを「良く見せたい、良く見られたい」っていう過去の自分に戻ろうとしてました。。

 

すっげー違和感ありました。笑

 

辛いのに笑わなきゃ、みたいな。笑

 

めんどいのに、できる自分をなんとかたくさん見せないと嫌われるから、とか。

 

気に入られたい、とか。

もっと常にかっけー自分でありたい、とか。

 

ほんとまえの私ってずっとそうだったんですよね。

それが癖になってて、気を抜くとそれやってて、、そうしなきゃ、きっと自分の存在意義が見いだせなかったんですよね。

 

そのままでいい。

全部が自分。

 

かっこわるくていい。

醜くていい。

キモくていい。

うざくていい。

ださくていい。

泥臭くていい。

だるくていい。

めんどくさくていい。

鬱陶しくていい。

中二病でいい。笑

ビビリでいい。

内気でいい。

自信なくていい。

ネガティブでいい。

引きこもりでいい。

人と会うのが嫌でもいい。

人との会話が苦手でもいい。

嫌なことはやらなくていい。

辞めたいなら辞めちゃえばいい。

休みたいなら休めばいい。

歩きたくないなら歩かなくていい。

無理しなくていい。

我慢しなくていい。

焦らなくていい。

 

 

 

ありのままで、ゆっくりでいい。

結局何がいいたかったかって、これでした。

 

 

ほんとよくわからん記事。

自分以外の人には絶対伝わらないし、興味ないだろうし、意味わからんし、、笑

 

でも、それもいい。

全部さらけ出して、それでもいいんだって言ってくれる人がいる限り、そのままで良いんですよね。

 

それも全部、いつか私の魅力となっていくんですよね。

 

自らのコンプレックスである「汚肌画像」を晒す訳

自分の汚肌の画像だって、

最初は載せるのほんっっっっっとに怖かったし、超絶に嫌でした・・・。

 

全然人に見られていないブログだとしても、全国ネットで自分の死ぬほど嫌いな部分を大々的に晒し上げるんですからね。笑

 

今でも、本当に怖くて仕方なくなる時があります。

言いようのない不安が襲い掛かってくる時があります。

 

ずっっっと孤独でした。いまも孤独です。

 

でも、本気で

「やろう・・・!」って思ったんですよね。

 

自分の死ぬほど嫌いな部分が、だれかの悩みを解決して、困っているだれかの笑顔に繋がるかもしれない。

 

それって、すごいことだと思ったんです。

 

きっと、役に立てると思ったんです。

 

このまま肌断食を継続して、無事に美肌になれたとしても、死ぬほど汚い肌だった自分を黒歴史として闇に葬り去る自分にはなりたくないんです。

 

その汚肌があったからこそ、今の自分がいるんだから。

その荒れた肌状態を受け入れて進もうと決意したからこそ、今の自分になれたんだから。。

 

汚肌がなかったら、「取り繕ったキレイな自分」だけを見せびらかして無理して生きる。

そんな薄っぺらい人間のまま人生を無理して進んでいたかもしれないんだから。

 

 

 

きっと、汚肌は私の人生そのものなんです・・・

 

 

 

闇にフタをして、見ないようにして、明るい自分だけを見せていくなんて、私は嫌です!

 

この先の長い人生でも、汚肌の自分もずっっと自分の大事な一部なんです。

 

何があっても、私の一部なんです。

 

私の人生を変えてくれたのは、「汚肌」なんです。。

自殺

最初は本気で死のうとしてました。

冗談抜きで、死んだほうが楽だと思ってたんです・・・。

 

自分の人生の中で、「自殺」という行為を一度でも考えるなんて、過去の自分には絶対に想像できなかったことだと思います。

 

でも、その時は、本気でなんも考えたくなくて、考えられなくて、身体は本当に何をしてても痛くてだるくて嫌悪感が常にあって、、

両親の仲も過去最悪で、とても1人では受け止め切れないような情報も一気に押し寄せて来た時期で、、

 

それプラス、過去最高に肌のダメージは蓄積されていて・・・。

 

もう、本当に一瞬で終わらせたいと思ってました。

 

自分で自分をパッと終わらせてしまえば、一瞬で楽になれるし、もう何も考えなくても良いんですから・・・。

 

嫌なことは全部なくなるんですから。

考えなくて良いんですから。

何もない世界に飛んでいけるんですから。

 

 

・・・でも、やっぱり出来ませんでした。

 

ビビリですしね。笑

 

未練もたくさんあったんですよね。

 

「生きたい」

 

ほんとうに、それだけだったんです。

 

生きるってのは、本当に良いことばかりじゃない、死にたいくらいに辛いことばっかで、ホントにめんどい。。

 

でも、生きたかったんですよね。

 

楽しかった思い出もたくさんあったから。

嬉しかったこともたくさん蘇ってきたから。

輝いている自分も確かにいたから。

 

生きたい。

 

どんな形でもいいから、生きて、生きて、生きまくりたい。

 

泥臭くてもいいから、進みたい。

 

これから待つ景色が、どんなに辛いものであってもいい。

だから、もう少し踏ん張って、生きてみたい。

 

新たな自分で生きてみたい・・・!

 

そう思ったんです。

 

どん底から、一歩ずつ、一歩ずつ。

 

かっこ悪くてもいいから、笑われても良いから、バカにされてもいいから、見捨てられても裏切られてもいいから。

 

生きていれば、なにかあるはずだって。

 

生き続けていれば、きっと笑える日が来るって。

 

きっとまた、心の底から笑える日が来るって。

 

だれかの為に、自分を輝かせることができるって。

 

ありのままの自分で進み続ければ、ワクワクする毎日にたどり着けるって・・・!

 

そう思ったんです。

まだまだその日は遠いかもしれません。

 

でも、もう決めたんです!

「どれだけ止まっても、休んでも、ふてくされてもいい。だから、とにかく進んでこう!」って。

 

不思議ですよね。

自分が本心から決意できて吹っ切れると、自然と向こうから、協力してくれる人が現れてくるんです。

 

本気になると、絶対に誰かが助けてくれるんです。

 

悩んだ人ほど、痛みを知った人ほど、苦しみぬいた人ほど、傷を抱える人ほど、、

人に優しくなれるんです。

 

「自分の中のどうしようもなかった闇」が、「人生のギフト」に変わっていくんです。

 

どんなに醜くても進めばいい。

自分の見てる「今」そのものが、自分の世界そのものだから。

 

 

 

くっっっせー記事!!

 

 

でも、これが私の大好きなブログ。

 

 

 

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